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statement

 わたしは、人の関係のなかの、精神的な距離の曖昧さや、揺らぎや緊張、他者へイメージを重ね投影するといった「うつす」ことに関心をもっていました。この関心をもとに、染織技法の蝋纈染めを使い、蝋と蝋の境界/すき間を線として、室内の人の姿やものの形を描いています。
 また、この作品を制作する中で、光とフィルム、鏡や映像の映り込みや反射など、ある像が鏡や光を通して別の媒体に「うつる」ことに関心をもつようになり、制作をこころみています。たとえば、日本語の「うつす」という言葉は、「(鏡に)映す」、「(本を)写す」、「(色を)うつす」、「(継承のために)うつす」など、多様な意味をもっており、このように様々な意味を含む「うつす」行為に焦点をあて、ゼラチンシルバープリントやトレースによるドローイングなど、いくつかのメディアを選んでいます。

描く方法について
 描く方法として染色技法を用いる理由は、染料を蝋で防染する行為にあります。
蝋纈染めは、描きたい線のまわりに、筆で溶かした蝋を布に浸透させ、その蝋と蝋の境界に染料を染み込ませ、蝋のすき間を線として描いています。私はこうした制約となるような幾つものプロセスを伴う方法を選び、その中での表現を試みています。なぜなら、染料という本来水に溶けて滲むものを、蝋を用いてその滲みを防ぎ、蝋と蝋の境界を線として描くことは、私が人の間に起こる関係について考え、目には見えない曖昧な境界を辿る行為を可視化し、流動的な人の関係の一瞬の状態を切り取り、固定するものと考えているからです。

「うつす」行為について —— わたしは人のなにをうつしとろうとしているのか?
 わたしは「人が人の姿をうつすことへの欲求・欲望」に関心をもっています。
この「人の姿」とは、記憶によって心に思い浮かべる顔や姿、また実際には存在しないのに見えるように思えるものとします。つまり、ここでわたしの考える「人の姿をうつす」とは、表面的な姿や形ではなく、人のもつ欲求や欲望から生まれるものです。たとえば、誰かが身近な家族や友人恋人の姿を痕跡として留める為に、その人の影の輪郭をなぞること、婚姻関係にある男女がその関係性を表し互いの姿を残すために描かれた肖像画、亡くなる人間の痕跡を残すためにその体液を布にうつすこと、またその「うつし」を元の姿からかけ離れても繰り返し別の媒体へうつし続ける行為などが挙げられます。
 この関心から、かねてより制作していた染色による作品や、トレースによるドローイング、鏡と写真、映像の映り込みや反射などをもちいた作品とともに、ベルリンの研修以後、ガラス板を使ったゼラチンシルバープリントを制作しています。

 染色によってうつすモチーフは、キューピッドやプシケの手にしている弦の緩んだ弓や、亡くなった人の横顔の肖像、既にそこにはいない恋人の影の輪郭など、不完全性や不能性が含まれています。これらの対象はそれぞれ意味をもち、それ自体が機能を成さないもの、あるいは不能とわかっていながら、うつさせざるを得ない動機を孕んでいるものです。
 わたしはこうした「人のうつすことへの欲求・欲望」に関心をもち、それが制作の動機となっています。

2016.08.22 Yukiko Nishiayama